先日、
映画「我々は宇宙人」を観まして、
色んな言葉が頭をぐるぐるして止まないので、
少しシェアさせてください笑
ストーリーに直接触れるというより、
かなり抽象的な内容になってるかと思いますが、
ネタバレにはなってしまうかと…
これから観る予定の方は、
先に映画を楽しんでから、読んでもらえたらと思います
すれ違い通信
高速で近くなって、高速で離れていった
“あの頃”
気づけば大人になった私たちに
あの頃のような関係性をつくることは
もう難しいかもしれないなって思いました
仲良くなることに
特段、理由や目的なんてものは
存在しなかった気がしていて
「異質なもの」に異様に敏感で
簡単に仲間外れになったり、
かと思えば、また仲間になったり…
この映画は、
大人になった私たちが、
あの頃を等倍でみることができるように感じて。
ちょっとやそっとのことで、
壮大な空想を繰り広げていた私たちの、
あの頃のスケール感を、
大人になって
背も高くなって、手も大きくなって
それと同時に、これまでの時間や記憶は
圧縮されているであろう
この今の、私たちのまま、
そのスケール感を追体験できる。
大人になった私たちは
「そんなこともあったっけ。」
と笑ってみたり、
「忘れちゃったよ、そんなこと。」
ととぼけてみたり
そんな術をたくさん身につけてしまっていて
でも、暁太郎は、
いつまで経っても、
通信を、交信しようとし続ける──
自分がどれだけ情けなくて、
ボロボロになって、
苦しくても。
一番の絶望を味わわされた人と、
一番の希望を味わわせてくれた人
それが翼で。
もしかしたら、
翼にとってのそれも、
暁太郎だったかもしれない。
「なかったことにはならないよ。」と、
見えたものは見えたんだから、
全部描くよと言わんばかりに
細かく繊細に描き切られている画に
そんな執念のようなものを、
絶望と希望を感じていました。
あの頃の僕たちだけの、
通信、テレパシーのような、
暗号のような
いずれは
通じなくなるときが来るのだと
それを受け入れていくとき、
もう引き返せないあの路で
さよならを。
今ふと思ったのですが、
翼と暁太郎が涙を流してるシーンって
ありましたかね?
(普通にあったらごめんなさい)

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